下汚沢
学生時代に一度、下北沢駅から神奈川の県境まで歩いて帰ったことがあった。
それはそれは、うるさくて汚い飲み会の後だった。
駅前や店の前で倒れ込む若い男女を横目に、その日はもう下北から電車が出ないことを悟った。
最悪の事態ながら不思議と動じることなく、喫煙所でタバコを一本吸った。
その後、「まじでヤバい」と思った。
下北沢駅前のガストで 徹夜するしかないかと考えたが、
店内を見たところ、ちょっとした知り合いが複数人いた。これは気まずい。
店員に不思議そうに見送られながらスタート位置に戻った。
ネカフェで過ごそうかと思ったがあいにくその分の現金は財布から消えていた。
パニック状態が一種のトランス状態に変わったのか、脚は外に向かった。
「俺は歩ける、なんかいけそう」とでも脚が言っているようだ。
「まてまて、家、神奈川やぞ」 とワイ。
しかしながらワイは今までこいつにずっとついてきた。
密かにこの脚とは『どれだけ駅同士の間を歩けるかチャレンジ』を行なっていたのも事実。
しかし今回の長さは今まで一番やばかったやつより倍ぐらいやばかった(語彙力)
時計を見ると、AM 1:30
財布を見ると、550円
脚を見ると、元気100%
ワイは二つの膝を軽くポンっと叩き、神奈川の家まで向かったのであった。
路地裏でまるで死体のように転がる酒臭い死体なんて気にする様子もなく、下北をあとにした。
どれくらい時間が経ったのだろうか。
周りはとっくに明るくなりつつある。
イヤホンからはリップスライムの黄昏サラウンドが流れている。
ふとスマホで地図を確認すると、家の最寄り駅まであと2駅間というところ。
「ワイとワイの脚の勝利やな」
そう自分の脚に目を向けたとき、
横の線路で始発が通った。